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36歳1ヶ月。大腸ガンステージⅣの記録

by chiharu

2017.6.21大腸ガン…だって。

前日に家の近くの内科で診てもらった時の診断は何だったのか。
虚血性大腸炎なんかではなかった。

内科での診察では、5日分の漢方薬を出すからそれでも下血が止まらなかったらまた来てくださいと、触診だけ。若いから検査は急ぐことはないとのことだった。


腸を休めるために断食をするように言われ、その日の夜と翌朝は何も食べなかった。

翌日、職場に到着してすぐ、ものすごく顔色が悪いと言われここ最近の自分の体調のことを話した。
心配してくれたスタッフの1人が、有名な病院を紹介してくれ、そのまま横浜へ向かった。


1時間かけて到着。待つこと1時間以上。
診断は痔とのこと。でもあの出血は明らかに異常だと感じていた私は、違うと訴え内視鏡検査をお願いした。

2時間以上待った。人生初の内視鏡。最悪だった。もう二度とやりたくない。

診察が終わって写真が目に映った。「何ですかこれ⁈」と思わず声に出した。医者でない素人でもわかる明らかにおかしい私の腸内の写真。どす黒い塊がある。それもかなり大きい。

まさか…頭をよぎった。

医師は「今日は1人できたのか」「このまま話を続けて大丈夫か」と尋ねてきた。ここで、NOという選択肢はない。

「出血の原因はこれですね。
大腸ガンです。」

口を手で押さえたまま時が止まっていた。ただただ涙が溢れていた。

すぐに大学病院で手術を受けるようにと紹介状を準備するとのこと。医師にどこの病院が良いか質問された。すぐに回答できると思って質問してるのか?

「まさか私が。」

この5文字は一生つきまとう。そしてこの日以来、家族を巻き込んだ心身苦しく壮絶な日々が始まることになった。

誰に連絡しよう…。
両親にこれ以上心配をかけたくなかったが、手術をする以上伝えない選択はなかった。
母親に電話をした。
泣き喚いていた。「いま病院なのだけど、癌だった」母親も取り乱した様子だった。

帰り道、私は「死」を意識し「景色が変わる」という感じを味わった。電車で乗り合う人、道端ですれ違う人、カフェで楽しそうに過ごしてる人。みんな今を生きている。この中に死の恐怖を意識して生きている人はどのくらいいるのだろう…。

2時間後、埼玉に住んでいる両親が都内まで飛んできてくれた。

どんな顔をして会ったら良いのだろう。

都内のファミレスに両親がいた。意外にもお互い笑みがこぼれていた。


chiharu
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