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生きてきた36年間で一番苦しい日。

by chiharu


7月18日

この日は、産まれてからの36年間で一番苦しい日になってしまった。

再検査の結果を聞きに病院へ。今日もまた彼が送ってくれた。そして外で待っててくれた。

先生の説明、聞きたくなかった。

リンパへの転移、腹腔の一部への転移、そして卵巣への転移が見受けられるとの申告。何の言葉もでなかった。それでも、こんな状況でも、笑っている自分がいた。母と父も一緒に説明を聞いた。診察室を出て、気を確かに保つという意識しか働かなかった。両親の顔をいつも以上に見れなかった。

次の婦人科の検診まで時間が空いたため近くのコンビニでコーヒーを飲みながら待つ。時間を大幅に過ぎてやっと名前を呼ばれた。

このブログにこのように記すことが辛いけれど、自分と向き合う為、そしてこれから生きていく意味を見出すために記録に残すことにする。

卵巣にも転移している。再度子宮がん検診と卵巣を超音波で検査した。
この検査の前に、両親には帰宅してもらった。すでに5時間以上病院に滞在している。そして今日の予報は大雨。このことも気がかりだったが、それよりも私が先生へ聞きたいことを両親が同席していたら聞けないと思った。さらに悲しませる話をされてしまうという恐れから、もう同席してほしくなった。

やはり転移が見受けられた。しかも卵巣2つとも。愕然とした。

どちらか1つの卵巣を残すという選択はもはやない。つまりは自分の子供はもう産めなくなる。「海外で卵子提供を受け…」
もう医師の話を聞いていない自分がいた。

診察室から出るときは、一人涙が止まらなかった。


大雨の中、彼が車で病院の玄関前まで来てくれた。泣かないようにしたかったがそんなことができるはずもなかった。なにも言わずに体を抱きしめていてくれた。泣いても何も変わらないのに、前向きなことを考えなきゃいけないのにすぐには心の整理ができなかった。

この結果を聞くまでは、手術をすれば治るステージⅠだろうと思っていた。そこまで長引かないと思っていた。

手術が終わって目が覚めなければいいのに…と、思ってしまった。


彼が新宿のデパ地下で美味しいパンをたくさん買ってきてくれた。私が好きそうなサンドイッチをたくさん。

この日から不思議と子供や親子の番組やCMが目に入ってくる。

苦しい。見たくもない。

でも受け入れないといけない現実。「お母さんごめんね。」この言葉が頭の中をぐるぐる回って消えることは一生ないだろう。


chiharu
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