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手術室へ向かう時見た両親の姿を忘れない

by chiharu


7月26日

なかなか寝付けずトイレにも目が覚め、朝4時頃から起きていた。彼が朝7時に来てくれた。両親と親戚の姉も7時過ぎに来てくれた。

胃管は通さないという話だったけれど、結局通すことになってすごく嫌だったから辛い気持ちから、この状況になってしまった悔しさがあふれ出して、母の涙を見たらさらにどうしようもない気持ちになってこらえられなかった。鼻から通して飲み込んだ胃管が痛くて、オペ室まで歩いていくなんて考えられなかった。
オペ室の前まで両親が一緒だった。いよいよという時の両親の姿は今でも目に焼き付いている。悲しませてごめんね。

手術台へのぼり横になった。天井しか見えないまま移動されることなんてそうない。これから手術するんだと現実味が生まれてきた。オペ室の女性スタッフさんたちはてきぱきとチームワークよく動いている。会話の中に笑いもあり私の気持ちに余裕を持たせてくれていた。

ぼーっとすると言われた注射を打たれすぐに意識が遠のいた。その後脊髄への注射。そこまでの痛みは感じなかった。


そして、次に気がづいたときは、手術が終わっていた。1時間も経っていないような感覚。もしかしたら簡単な手術で、もしかしたら卵巣が残っているのかもしれないと希望を持った。しかし実際には7時間も過ぎていたのだった。

意識が戻ると同時に傷口が痛み、悪寒が激しくて歯ががくがく震えるほどだった。

私は手術が終わり、麻酔から覚めるまで1時間以上かかったらしい。


そして何よりも、この日の夜は長く長く、地獄の時間だった。

鼻から入っている胃管のせいで、少しでも顔や口、舌を動かすと激痛が走り、唾液を飲むことすらあまりしなかった。口は開けたままだから唇や舌がカラカラに乾いていて舌は形が変形しているほどであったと思う。ナースコールを押し来てくれた看護師さんに「とにかく早く胃管を取ってほしい」と訴えた。

足はエコノミー症候群にならないよう両足に機械をはめられ、身体は少しでも動かすと傷が痛んだ。ただただ早く時間が過ぎるのを待っていた。ナースコールと痛み止めが、手に届くところにないと不安で不安で仕方なかった。


7月27日

長く長い夜が去ってやっと朝6時過ぎ。まだ身体中の痛みは続いていた。

午前中に胃管を外した。それだけでも救われた気分。自由に呼吸ができる。でもまだ体を左右には動かせない。ベッドでレントゲンを撮った。

この状態でも歩かないと腸の癒着が起こってしまうらしく、看護師さんに支えられ無理やり立った。でも一気に血圧が下がりふらついたため今日は終了。それもそのはず、すでに丸3日、食べていなければ水も飲んでいない。点滴だけで生きている。不思議とお腹もすかず喉も乾かなかった。点滴ってすごい。

お昼すぎ彼が来てくれて、ほとんど会話もできないし身体も動かせないけれどどれだけほっとしたか…。



chiharu
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